コラム

2025.03.07

カブトクラゲの繫殖に挑戦!

  • 飼育
  • クラゲ

すみだ水族館は「館内で育てたクラゲのみ展示する」ことを目標にかかげています。(詳しくは過去のコラム「すみだ水族館のクラゲ展示について」をご覧ください。)今回のコラムではカブトクラゲの展示にむけて、繫殖から育成まで挑戦した1年間を飼育スタッフ目線でお話しします! (展示飼育チーム 後藤杏実)

■カブトクラゲとは?‌
カブトクラゲは、透明なからだで漂う見た目から「クラゲ」という名前がついていますが、ミズクラゲなどが含まれるクラゲの仲間(刺胞動物)ではなく、クシクラゲ(有櫛動物)と呼ばれる動物の仲間です。クラゲの仲間はいきものを捕まえて食べるときに使う毒針(刺胞)を持っていますが、クシクラゲの仲間に刺胞はなく、膠胞(こうほう)とよばれる粘着性のある細胞でいきものをからめとって食べます。「毒のないクラゲはいるの?」とお客さまから質問されることが多いのですが、刺胞のないカブトクラゲがこの答えのひとつです。‌
カブトクラゲは生まれてから2週間くらいまで触手をもっていて、この触手にある膠胞で小さな動物プランクトンなどを捕まえて食べます。そして、このクラゲの魅力は何といっても光り輝くような見た目の美しさです。カブトクラゲはからだにある櫛板(くしいた)と呼ばれる小さな板を動かして泳ぎますが、この櫛板に光が当たると光が反射してまるでネオンサインのように輝いて見えます。その様子を見ていると、「光にはこんなに色があるのだなあ」と時間を忘れてつい見とれてしまいます。‌

生まれて間もないカブトクラゲ‌


大きくなったカブトクラゲ

■繁殖への挑戦を決意!ところが…‌
カブトクラゲの繁殖に向けて動き出したのは2021年7月のこと。「毒のないクラゲは?」というお客さまの質問に「これがそうですよ!」と伝えたい!そして美しく輝くクシクラゲをお客さまにお見せしたい!という気持ちから、私はカブトクラゲの繁殖に挑戦することを決めました。‌
意気揚々と決意したのは良いものの、すみだ水族館でカブトクラゲの繁殖の成功例がまだなく、ほとんど手探りの状態。他の水族館などで行われた成功例を参考にして、まずは卵をとること(採卵)から始めたのですが…。‌

バックヤードでの採卵の様子

成功例を参考にカブトクラゲを飼育してみても、元気なのにほとんど卵を産んでくれず、たまに産んでくれてもたった数個。しかも産まれた卵は未受精卵のため発生(細胞が分裂して成長すること)が進まない。といった感じでスタートから大きくつまずいてしまいます。水族館の限られたスペースでは論文に書かれた環境(例えば1mを超えるような大きなクラゲ用の水槽で繫殖させるなど)を再現することが難しいことも多く、限られた環境で産卵できる環境を用意する必要があるため、私が思っていたよりもカブトクラゲの繁殖は難しい挑戦でした。‌
ちなみにカブトクラゲは雌雄同体なので、1匹でも繫殖が可能です。つまりオスしかいない、メスしかいないという話ではありません。何が足りない?水流?光?次の採卵では何をどう変える?ほかのクラゲたちのお世話しながらも、頭の中は常にカブトクラゲのことでいつもモヤモヤします。卵を産んでくれるカブトクラゲが入手できない時期もありましたが、それでも他の水族館の職員の方に情報提供をお願いしたり、どこかでカブトクラゲを採集できないか?と思って毎日SNSやウェブでカブトクラゲの目撃情報や海の状態を調べたりしました。‌

■ついに産まれた!‌
1年近くいろいろと試してみても思ったように卵が産まれない…。そんな日が続きましたが、これまでの取り組みが実を結ぶ日は突然にやってきました!集めた資料の多くは低い水温で繁殖させていたため、私も比較的低い水温(12~15℃)でずっと試みていましたが、その時は親となるカブトクラゲにしっかり栄養をつけさせようと思い、これまでより暖かい水温で飼育し、ゴハンもたくさんあげていたのです。その状態で飼育を続けていたある日、カブトクラゲの水槽を見ると水中になにかあることに気が付きます。まさか!と思って水槽に張り付くように近くで観察してみると、毎日毎日待ち焦がれていた光景がそこにありました!たくさんの卵と稚クラゲたちです!半ば諦めかけていたので、突然の成功にはものすごくビックリしました。これまでは、飼育していた水槽内の海水を集めて、その中から顕微鏡で探してやっと2,3個見つかる程度でしたが、500個は超える卵が水槽のなかでキラキラと輝くその様子は、一目で採卵に成功したことが分かる光景でした。‌
それから半日ほどでほとんどの卵が孵化し小さなカブトクラゲが泳ぎだしました。カブトクラゲの赤ちゃんは意外にもぐんぐん泳ぎます。顕微鏡で観察していると動き回ってしまうので追いかけるのが大変なくらいです。そんなカブトクラゲの赤ちゃんを見て、素直にとても可愛くて、ただただ愛おしい!と思いました。‌

カブトクラゲの卵


孵化した直後のカブトクラゲ


孵化後2日後のカブトクラゲ

■産まれてからも大変なカブトクラゲ‌
赤ちゃんまで育てることには無事成功したものの、そこからも困難の連続でした。まず気を付けなければいけなかったのが水槽の中に水流を作るために送る空気(エアレーション)の量です。送る空気の勢いが弱いと水流が足りずクラゲが沈んで弱ってしまい、逆に勢いが強いとカブトクラゲの形が崩れてしまったりします。水槽の中にいるクラゲの数や大きさによって必要な水流が違うため、水槽ごとにいつも細かな調整が必要でした。‌
あげるゴハンにも工夫が必要でした。すみだ水族館のクラゲたちには主にアルテミア(幼生)という動物プランクトンをあげています。ところが、このアルテミアを生まれたばかりのカブトクラゲにあげると、アルテミアによってカブトクラゲが傷ついてしまったり、アルテミアのほうがカブトクラゲより大きくてほとんど食べられずに弱ったりしてしまいます。そこで、カブトクラゲが小さいうちはアルテミアより小さな「ワムシ」という動物プランクトンをゴハンにあげて、カブトクラゲが5㎜くらいまで大きく育ってきたら、ゴハンをアルテミアに切り替えてあげました。この切り替え時期もカブトクラゲの状態をしっかり見極めて判断していました。‌

アルテミア幼生(上)とシオミズツボワムシ(下)


ちょうどよい水流で均等に広がって泳ぐカブトクラゲの赤ちゃん

■苦労の末に・・・!‌
このような試行錯誤を繰り返しながら安定して採卵と育成をする方法を模索し続けて、ついに2022年5月、展示エリアのU字型水槽に10匹のカブトクラゲを展示することができました!‌
展示されたカブトクラゲをお客さまが「綺麗だね!」「どうして光っているのかな?」など言いながらじっくり観察している様子を後ろで見ていて、当時の私は一人ニヤニヤしていたと思います。まさに感無量の思いでした。そして今も、「うちのカブトクラゲどう?綺麗でしょ?美しいでしょ?」と心のなかで語りかけたり、たまに口にも出して言ったりしています。‌

2022年5月に展示された10匹のカブトクラゲ‌

2025年現在では4世代目までの繫殖に成功しています。今後もさらに繫殖を続けていけるようにこれからも努めていきます。タイミングがあえば、みなさんも小さなカブトクラゲを育てているところをアクアベースのラボで見られるかもしれません。そのときはぜひ、小さい時にしかないカブトクラゲの美しい触手をぜひ観察してみてください。私には小さなカブトクラゲの形が子どもの頃に抜けた乳歯(奥歯)に見えるので、まるでたくさんの抜けた奥歯が水槽の中を泳いでいるようで、ゴハンをあげる時に思わず笑ってしまいます。‌

とてもかわいいカブトクラゲの赤ちゃん


触手を伸ばすカブトクラゲの赤ちゃん

今回のコラムはここまでです!カブトクラゲ以外のクラゲにも興味を持った方は、「水族館の人気クラゲの魅力」にクラゲの解説をしていますのでそちらもご覧ください!コラムを読んで不思議に感じたことや、もっと知りたくなったことがあれば是非ラボまで来て飼育スタッフに声をかけてみてくださいね!最後まで読んでいただきありがとうございました!‌

【参考】2024年10月に開催された日本刺胞動物・有櫛動物研究談話会にて発表された『 すみだ水族館におけるカブトクラゲBolonopsis mikadoの累代育成方法について

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